37歳、家も車も手放してアメリカへ。私が海外帯同を選んだ理由

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37歳で、夫の海外赴任をきっかけに、家族5人でアメリカへ渡りました。

日本には持ち家があり、車が2台あり、子どもたちは公立小学校に通っていました。

まさか自分が、家まで売って日本を離れるとは思っていませんでした。

でも今振り返ると、家や車を手放したことは、単に「海外赴任のために日本を離れる準備」ではなかったように思います。

一度つくった生活を手放して、これからの人生に本当に必要なものを選び直す。

私にとって、そんな経験の始まりでもありました。

アメリカなら、家族5人で行ってみたい

夫の会社では、メキシコ、中国、インドネシアなどへの海外赴任の可能性がありました。

その中でアメリカ赴任の話が出たとき、私は比較的すぐに、

「それなら家族5人で行ってみたい」

と思いました。

当時、長女には学校へ行けない時期がありました。

日本とは違う環境に行くことで、何か変わるかもしれない。

もちろん、アメリカへ行けばすべて解決するなんて思っていたわけではありません。

でも、今いる環境だけがすべてではないことを、娘にも私自身にも見せてみたかったのだと思います。

私自身も、当時取り組んでいた終活の仕事が思うようにいっていませんでした。

「このまま続けなければ」と思う一方で、どこかで今の環境から離れたい気持ちもありました。

前向きに新しい世界へ飛び込みたかったのか。

うまくいかない環境から逃げたかったのか。

たぶん、どちらもあったと思います。

車2台を手放すことには、ほとんど迷わなかった

日本では車を2台所有していました。

でも、5年間アメリカへ行けば乗る人はいません。

車は動かさなければ状態も悪くなっていくので、売却についてはほとんど迷いませんでした。

家を手放すことに比べると、車は驚くほどあっさりしたものでした。

問題は、家でした。

「家は残すもの」だと思っていた私と、「売りたい」と言った夫

持ち家は、渡米の前年、2024年に外壁塗装までしたばかり。

私は当然、

「家は残しておくもの」

だと思っていました。

ところが夫は、「売りたい」と言いました。

5年間、家を管理してくれる親族はいない。

誰かに貸す方法もあるけれど、夫は「5年後に帰ってきたとき、知らない人が住んでいた家にまた住むのは嫌だ」と言いました。

そして、地震などの災害リスクを考えると、誰も住まない家を持ち続けるより、売却して現金として持っていたほうがいいという考えでした。

最初から家を売るつもりのなかった私にとって、これは大きな選択でした。

子どもたちの「生まれ育った家」がなくなる

私が一番引っかかったのは、建物そのものへの執着ではなかったように思います。

子どもたちの生まれ育った家がなくなること。

そこには少し躊躇がありました。

「帰る家がずっとある」ということにも、どこか価値を感じていたのだと思います。

でも、考えているうちに違う見方もするようになりました。

家をずっと残すことが、本当に子どもたちのためなのだろうか。

家や土地があることで、

「ここに帰らなければ」
「この場所を守らなければ」

と、いつか子どもたちを縛るものになる可能性だってあります。

住む場所も、学ぶ場所も、これから過ごしたい場所も、自分たちで選んでいい。

そんな価値観を渡すほうが、私はいいのかもしれない。

家の売却と一緒に、私の中にあった「家はずっと残していくもの」という考えも手放してみることにしました。

日本で築いた生活を、一度小さくしてみた

家を売り、車を2台売り、子どもたちは学校を離れました。

私自身はフリーランスとして活動していましたが、当時の収入はほぼありませんでした。

こうして並べてみると、日本で築いてきた生活を一度かなり小さくして、アメリカへ来たことになります。

終活講師として活動してきた私にとっては、自分自身が一通り「終活」を経験したような感覚もありました。

終活は、死ぬための準備だけではありません。

何を残して、何を手放すのか。

これからの時間を、何を大切にして生きていくのか。

家を売った経験は、それを自分自身で考える機会になりました。

不安がなかったわけではない

もちろん、不安もありました。

特に心配だったのは、子どもたちがアメリカの生活や学校に馴染めるのかということ。

英語のこと。

そして、次女のアトピーを含めた家族の健康のことです。

でも、不安だから行かない、ではなく、

「この不安は、準備することで少し小さくできないだろうか」

と考えました。

すべての不安をゼロにすることはできません。

それでも、不安を一つずつ小さくしながら進んだ先には、今まで知らなかった経験が待っているかもしれないと思いました。

「仕事を成功させなきゃ」からも、一度離れてみる

私自身が楽しみにしていたこともあります。

アメリカでは、これまでとは違う価値観に触れられること。

そして、「仕事をしなきゃ」「成功させなきゃ」と思い続けていた自分から、一度離れられることでした。

夫の収入があり、私自身の働き方にも制約がある。

だったら、その状況まで否定するのではなく、今だからできる経験をしてみよう。

そう思いました。

今までとは違う場所で暮らし、違う価値観を知ったら、自分は何を感じるのだろう。

それが楽しみでした。

37歳でアメリカへ来て、今思うこと

今のところ、

「来なければよかった」と思ったことはありません。

もちろん、まだ途中です。

これから大変なことが起こるかもしれないし、数年後に振り返ったら、今とは違うことを感じているかもしれません。

だからこそ、その変化もこのブログに残していきたいと思っています。

海外帯同を迷っている人に、「絶対に行ったほうがいい」と言うつもりはありません。

家族の状況も、仕事も、健康も、大切にしたいことも、一人ひとり違うからです。

ただ、私自身の経験から一つ言えるとしたら、

不安に思っていることは、準備することで小さくできるものもある。

そして、新しい環境でしか得られない経験もあります。

経験そのものが、自分の人生の宝物になって、人生に少しずつ彩りを増やしてくれる。

私は今、そんなふうに感じています。

家も車も手放してアメリカへ来た37歳。

何かを捨てて人生をリセットした、という感覚ではありません。

必要なものを選び、今の自分には必要なくなったものを手放して、人生をもう一度選び直してみる。

私にとってのアメリカ生活は、そんなところから始まりました。

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